子供の頃、小学校の校舎が木造から鉄筋になるということで、一時的に教室を出ざるを得なくなった。
かと言って授業がなくなった訳ではなく、代替としては体育館を使用した。
つまり、体育館を大きな間仕切り
それまでならよほど大きな歓声が上がらない限り聞こえなかった隣のクラスの声がほとんど筒抜けで、何ともおかしかったのを覚えている。
学生の頃、とある友人のアパートを訪ねたのだが、奇妙なことにわずか6畳程の部屋の真ん中にカーテン
「これって、何に使うんだい」
「ああ、もうじきわかるさ」
そう友人が言ってしばらくすると、誰かが部屋に入ってきた。
それは、友人の友人だった。
そして、二人は互いに挨拶を簡単にすると、どちらかともなく部屋の真ん中にカーテンを引いた。
実は彼らは仕送りが互いに厳しいので、一部屋を共同で借りる代わりに、互いのプライバシーを守るべくカーテンで間仕切り代わりにしたという。
たった一枚の布ではあるが、境界により自分のエリアがはっきりすると結構落ち着くものだそうだ。
江戸時代には、武士以外の場合、旅籠で一部屋を何組もが相宿というのがごく普通にあったそうである。
この場合も客同士の間に衝立
例えその間仕切り越しに隣の様子がわかり、相手が見えようとも互いのプライバシーを守ったというからこれまた人間の心理というのも妙なものである。
我が家の場合で言えば、先般偶然にも二組の家族の同時訪問があった。
互いに赤ん坊連れだったのだが、どうやら二人の赤ん坊は相性が悪く、喧嘩、泣き出しと大荒れになってしまった。
この時なぜかふと間仕切り
すると、赤ん坊は個別にたちまち上機嫌となり、二組の家族の親に感謝されてしまった。
赤ん坊も自我に目覚め始め、自分のエリアがはっきりすると落ち着くものらしい。
どうやら間仕切りは有効的にというより、"友好的"に使えそうだ。
0 件のコメント:
コメントを投稿