2010年5月24日月曜日

東京の快適な一人暮し 快適な居住地域24

【ホー・ホケキョが高らかに】

(例:花札ストラップ 「梅に鶯」)
 鶯(うぐいす)の声というのは、東京では早ければ梅の咲く頃、それもせいぜい4月くらいで終わると思っていた。
 だが、5月の先日、晴れ間を見計らって散歩に出ると、名セリフがはっきりしたような高らかな声が、うっそうとした緑の樹木の中から聞こえてきた。
 それも、一度や二度ではなく、何度も、何度も繰り返すのである。
 しかも、「ホー・ホケキョ」というあの独特の声だけではなく、その後の「ケキョケキョケキョ」が何度も繰り返され、その力強さは、まるでカラオケで歌い始めると得意げに止まらないとある友人を思わせた。

<鶯>(TBS 生物図鑑より)
 学名 Cettia diphone)はスズメ目ウグイス科ウグイス属に分類
 食性は雑食だが、夏場は主に虫を捕食し、冬場は植物の種子なども食べる。
 警戒心が強く、声は聞こえど姿は見せず、薮の中からなかなか出てこない。
 英名 "Japanese Bush Warbler"(日本の、茂みでさえずる鳥)はその生態から来ている。
 平地にて鳴き始める季節が早春であることから春告鳥(ハルツゲドリ)の別名がある。
 本州中部あたりでは 2月初旬頃からさえずり始め、 8月下旬頃までがよく聞かれる時期だが、10月頃まで弱いさえずりが聞かれることがある。

(鳴き声)
 さえずりは「ホーホケキョ、ホーホケキキョ、ケキョケキョケキョ……」、地鳴きは「チャッチャッ」。
 このうち「ホーホケキョ」が接近する他の鳥に対する縄張り宣言、「ケキョケキョケキョ」が侵入した者への威嚇であるとされている。
 ちなみに「ホーホケキョ」と鳴くのはオスである。
 鶯の鳴き声→(前鳴きから、ケキョ、ケキョ、ホーホケキョ、まで(背景にカラスの声入り) 
(参考:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 どうやら「ケキョケキョケキョ」盛んに鳴いたのは、カラオケに乗った訳ではなく、縄張りへ侵入したものへの威嚇であるらしい。
 この鶯のようにけっこう周りには季節を感じさせる自然があるのだが、それこそ「梅に鶯」(例:ビアカップ 梅に鶯)(例:『九谷の日本の伝統文化を生かした作品です』九谷焼 ポット・梅に鶯 400cc )以外知らないのである。
 散歩途中での携帯カメラでの撮影は時々行っているが、これからはこのような声も取りたい(例:YAMAHA/ヤマハ POCKETRAK CXポータブルレコーダ)と思う。

2010年5月19日水曜日

東京の快適な一人暮し 快適な本・映画・音楽1

【「光る海」】

 この小説を最初に読んだのはいつの頃だろうか。
 たぶん社会人になりたての頃ではなかったかと思う。

 月に3万円の給料で、「百円亭主」という言葉が小説の中に当たり前のように出てくる時代である。
 時代的背景としては、自分が過ごした時とはやや以前になるが、今日ただ今読んでも、物の価値や値段は別にして、変わらぬ共感を覚えるのはなぜなのだろう。

「性格は対照的だが知的で新鮮な魅力を放つ葉山和子と石田美枝子、そして彼女たち33人の女子学生に囲まれた7人の男子学生。
 共学の学窓を巣立っていく現代の若者たちが、それまでジメジメしたところに閉じこめられていたセックスに関する問題を、明るい陽光のもとに大胆に開放し、愛を育ててゆくありさまをおおらかに描いて、さまざまな反響と話題を読んだ傑作長編小説」(新潮社 解説より)
 
 残念ながら本作品は絶版となっており、古本屋「光る海」 (1963年)(新潮社)や図書館でしかお目にかかれない。 

<映画>

 製作:1963年 日本 日活配給
 監督:中平康 ナカヒラコウ
 原作:石坂洋次郎 イシザカヨウジロウ
 出演:吉永小百合 ヨシナガサユリ (石田美枝子)
    高峰三枝子 タカミネミエコ (石田雪子)
    浜田光夫 ハマダミツオ (野坂孝雄)
    太田博之 オオタヒロユキ (野坂次郎)
    十朱幸代 トアケユキヨ (葉山和子)
    和泉雅子 イズミマサコ (葉山久美子)
    森雅之 モリマサユキ (矢崎庄二郎)
    田中絹代 タナカキヌヨ (矢崎信子)
    宮口精二 ミヤグチセイジ (田島清二)
    山内賢 ヤマウチケン (向井達夫)
    和田浩治 ワダコウジ (浅沼一郎)
    松尾嘉代 マツオカヨ (浅沼栄子)
    三津田健 ミツダケン (渡辺教授)
    奈良岡朋子 ナラオカトモコ (花田看護婦)
    ミヤコ蝶々 ミヤコチョウチョウ (島田登里子)
 
<「光る海」著者:石坂 洋次郎>
 =(いしざか ようじろう、1900年1月25日 - 1986年10月7日)は、日本の小説家。
 青森県弘前市代官町生まれ。
(郷里の作家葛西善蔵を訪ねるも)
 弘前市立朝陽小学校、青森県立弘前中学校(現在の青森県立弘前高等学校)に学び、慶應義塾大学文学部を卒業。
 大学時代、心酔していた郷里の作家葛西善蔵を鎌倉建長寺の境内の寓居に訪ねるも、乱酔した葛西から故郷の踊りを強要され、さらに相撲で捻じ伏せられた上、長刀を頭の上で振り回されて幻滅と困惑を感じる。
 1925年に青森県立弘前高等女学校(現在の青森県立弘前中央高等学校)に勤務。
 翌1926年から秋田県立横手高等女学校(現在の秋田県立横手城南高等学校)に勤務。
(答えのわからない生徒たちに聞かせるかのように)
 1929年から1938年まで秋田県立横手中学校(現在の秋田県立横手高等学校)に勤務し教職員生活を終える。
 横手中学でのあだ名は、か細かったことから「夜蛾(ヨガ)」。
 3~5年生時に国語と作文を教わったジャーナリストむのたけじは、前から成績の悪い順に着席していた当時の教室で、授業中教師と目を合わせないようにうつむいていた前列の者たちが、石坂の授業においては「あててくれ」といわんばかりに顔を上げるようになり、教室の風通しがよくなったと感じていたとのこと。
 また、英語の試験の試験官をしていた石坂が、答えのわからない生徒たちに聞かせるかのように窓の外に向かって正解をつぶやくのを数度目撃した。
 教室で人を解放させるようなあたたかなムードを持ち、空気のように包まれる感じであったと回想している(読売新聞秋田版、2008年9月10日、『あの日 X年前 - 82年前、1926年』)。
(『若い人』で三田文学賞)
 葛西文学への反撥から健全な文学を志し、『海を見に行く』で注目され、『三田文学』に掲載した『若い人』で三田文学賞を受賞。
 しかし、右翼団体の圧力をうけ、教員を辞職。
 戦時中は陸軍報道班員として、フィリピンに派遣された。
 戦後は『青い山脈 (新潮文庫)を『朝日新聞』に連載。
 映画化され大ブームとなり、「百万人の作家」といわれるほどの流行作家となる。
 数多くの映画化、ドラマ化作品がある。
 1966年、「健全な常識に立ち明快な作品を書きつづけた功績」が評価されて第14回菊池寛賞を受ける。
 しかし石坂自身は「健全な作家」というレッテルに反撥し、受賞パーティの席上で「私は私の作品が健全で常識的であるという理由で、今回の受賞に与ったのであるが、見た目に美しいバラの花も暗いじめじめした地中に根を匍わせているように、私の作品の地盤も案外陰湿なところにありそうだ、ということである。 きれいな乾いたサラサラした砂地ではどんな花も育たない」と語った。
 伊東市の静養先にて老衰(硬膜下出血)で死去。
(参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 石坂洋次郎文学記念館

2010年5月18日火曜日

東京の快適な一人暮し 快適な衣服23

【春と夏の季節の変わり目】

 今の季節は春と夏の間、太陽の光は結構強く感じるが、風は少し冷やりとするくらいの涼やかさがある。
 こんな時は何を着ればいいのだろう。
 思いきってTシャツ(例:アメリカ製無地Tシャツ:アンビル/anvil「Tradition(トラディッション)」チャコール)に、
ハーフパンツ(例: 5/5楽天ランキングハーフパンツ部門12位獲得!累計9000本突破チノのショートタイプ!昨年の大ヒットを受け今期も登場!オリジナルチノショートパンツ/キャメル PFH846-86 )と思ったがやはりこれでは夏本番になってしまうようだ。

 和装の爽やかさはどうかと思って、甚平(じんべい)(例:阿波しじら織の甚平)と思ったが、風の通りが良すぎて少し寒くもある。
 
 結局、上はトレーナー(例:長時間のウォッシュによる独自のきしみと色合いがポイント!BARNS バーンズ ヴィンテージ4本針ラグランスウェット BR-3040)を着て、温度に合わせて袖を捲くり、下はカーゴパンツ(例:春夏用ワンタックカーゴパンツ)
にしてみた。

 コーディネイトはあまり気にならない方なのだが、特に暑さは苦手で、体調を崩さない服装を考えたいものだ。

2010年5月7日金曜日

東京の快適な一人暮し 快適な部屋23

【ミッキーが招いている】

 ヘンデルとグレーテル」というグリム童話の中にお菓子の家が出てくる。
 甘いものを好きなだけ食べられるという時代ではなかったので、子供心にその話を聞いただけで夢の世界を想像したことだろう。
 
 次に子供の夢を膨らませてくれたのがディズニー映画だった。
 ピータパンピノキオわんわん物語も楽しかったが、それまでの物語と異なるのが、ネズミが主人公のミッキーマウス みんなだいすき ミッキー!」の登場だった。

 モノクロのミッキーミッキーマウス/B&W エピソード VOL.2 限定保存版がやがて総天然色(カラー)となり、プルートやドナルド等のお馴染みの仲間が登場すると、もはやそれは御伽噺を超えた別世界だった。
 まだ、ディズニーランドメモリーズ オブ 東京ディズニーリゾート 夢と魔法の25年 ショー&スペシャルイベント編のない時代、子供たちは思い思いのミッキーマウスの絵を描き、♪M・I・C・K・E・Y・M・O・U・S・E♪ミッキーマウスの歌を歌い自然とスペルを覚えてしまっていた。
 
 大人になっても、例えばファンタジアのような世界は一生消えることがない。 
 今は、そのミッキーが部屋のドアからミッキーマウスシルエットとして招いてくれる時代になった。
 
 そのミッキーマウスシルエットのある”パナソニックの内装ドア””ミッキーマウスシルエット”を開けるとホームシアターがある。
 ぜひそんな部屋を作りたいものだ。

2010年5月5日水曜日

東京の快適な一人暮し 快適な家23

【引越し先候補の別荘地】

<ファーストハウス>
 ここ数ヶ月に渡って新しい引越し先のことを考えてきたが、どうやら別荘地(本:別荘スタイル) でセカンドハウスならぬファーストハウスもいいかもと思い始めている。
 そうなると長く住み慣れた東京の生活もおさらばとなるのだが、
 ・豊富な自然
 ・環境のよさ
を思うと老後を含めた新たな住まい条件としてはこちらの方が上になるのである。
 東京に来たければたまにでかければいいとさえ割り切ればもはや迷うものはなさそうである。

<あこがれのログハウスと>
 特に住まいとしてあこがれのログハウス(例:BIGBOXのミニログシリーズトゥーリー 92)に住め、
 冬の室内には暖炉(例:ヨツール/JOTUL I 600(プリズムブラックペイント))か、
 囲炉裏(例:高級土佐檜・杉作り囲炉裏10坪建築一式・囲炉裏のある生活・別荘に!団欒に!仲間の楽しみ)
がある暮らし。
 夏にはウッドデッキで読書 (例:「桐子モダン」ロッキングチェア ゆらりいすイシモクオリジナルデザイン家具 )
・・・

 と、まあ、こんなイメージなのだが、果たして・・・

2010年5月3日月曜日

東京の快適な一人暮し 快適な居住地域23

【神社の祭りのある街】

 ドーン、ドーンと低くお腹の底に響いてくるような音。
 次第に近くなってくる。

 やがて掛け声と歓声も続き、大太鼓と神輿が子供たちの手によって曳かれてくる姿が。
 小雨ぱらつく中でも、懸命に綱を曳く可愛い半纏、鉢巻姿に、親や街の人々の声援と拍手が飛ぶ。
(例:はっぴ[ハッピ・法被・袢天]祭、二段くるわ柄)

 お神輿より待ち焦がれていた境内の縁日。
 手に握り締めた穴明き五十円玉の大きかったこと。 (クリーニング店 宜保直樹のてーげーなブログです♪より)

 お面にするか、風船玉にするか、えいっと決めたのは金魚すくい。
 まるで大魚を逃がして泣きそうな時、すっと金魚すくいのおじさんから渡されたビニール袋に入った一匹の小さい金魚。 (例:金魚すくいボックス)(例:学園祭だ! お祭りだ!夏だ!金魚すくいのアミ!)(例:金魚すくいでも多く見られる品種 和金 金魚)
  
 東京に住んでいるからと言って別に有名な三社祭でなくてもいい。
 ふと子供の頃を懐かしく思い出す光景が広がれば。

 <縁日(えんにち)とは>
  神仏との有縁(うえん)の日のことで、神仏の降誕・示現・誓願などの縁(ゆかり)のある日を選んで、祭祀や供養が行われる日である。
  この日に参詣すると、普段以上の御利益があると信じられた。
  特に、年の最初(または月の最初)の縁日を初(はつ)○○(初天神、初観音、初不動など。干支を縁日とする場合は初午、初巳など)と称し、年の最後の縁日を納め(おさめ)の○○または終い(しまい)○○と称される。
  近代以降では、神社などで行われる祭り(露店などが多く出る)の日のことを指す場合も多い。
  (参考:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

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